2019年の訪日外国人旅行消費額4兆8千億円のうち中国・香港からの旅行者の支出は実に44%を占めている。訪日客数で見ると中国・香港からが全体の37%を占め、ヨーロッパ(6%)や米国(5%)からの訪日客数を大きく上回る。中国の経済成長を考えれば、日本IRが開業するころには中国からの訪日客への依存度はさらに高まっているはずだ。中国政府は昨年、カジノを有する近隣国・都市への渡航規制を実施すると公表した。対象国・都市は明らかにされていないが、「渡航規制」という政策は将来の日本IRの脅威にならないのだろうか? カジノ業界のベテラン・コンサルタント、アンドリュー・クレバノウ氏に中国の「ブラックリスト・システム」の背景と見通しを解説してもらった。
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文=アンドリュー・クレバノウ(Klebanow Consulting 代表)
By Andrew Klebanow, Principal, Klebanow Consulting
中国政府はブラックリストに載せた国々を明らかにしていないが、おおむね察しはついている。それらの東アジア諸国では、COVID-19パンデミック後の観光経済の再開時に、中国からの旅行者を迎え入れることができない可能性が大きい。中国が報復の形として、自国民の他国への渡航規制を発動したのは初めてではない。記憶に新しいのは2016年で、韓国が米国製のミサイル防衛システムを配備したことへの報復として、中国政府は韓国への渡航を制限した。韓国への中国人観光客は50%も減少し、顧客の大部分を中国人客に依存している韓国のカジノ産業(17あるカジノのうち16が外国人専用カジノ)に大きな打撃を与えた。
中国がブラックリストを作った理由
20年近くの間、東アジア諸国のカジノは中国人にギャンブルを提供してきた。それらのカジノは、カジノゲストを募集し航空輸送を手配しギャンブルのクレジット(与信)を提供する中国の事業者、すなわちジャンケットプロモーターに依存していた。ベトナムと韓国では、政府が地元住民のカジノ行為を禁止しているため、中国人ゲストに完全に依存しながら、カジノ産業が成長していったのだ。
オーストラリアもまた、カジノ産業が中国人ギャンブラーに依存するようになった国だ。ここでもカジノはジャンケットプロモーターのサービスを利用し、裕福な中国人プレーヤーをカジノに迎えた。
他の国、特にフィリピンとカンボジアは、中国市民がインターネット経由でライブテーブルゲームに賭けることができるさまざまな形式のオンラインギャンブルを提供し始めた。当初は外国のカジノ施設に行く時間がなかった比較的裕福な層にサービスを提供するように設計されたものだったが、一般の人々をも対象とする形に進化し、あまりにも多くの中国人を惹きつけることになった。中国政府はオンラインギャンブルが国民に与える影響について懸念を強めるようになったのだ。
2019年、中国政府はカンボジアとフィリピンの政治指導者に、オンラインギャンブルの停止を要請した。カンボジアはこれに同意し、政府認可によるオンラインカジノの運営は2019年12月31日に終了した。シアヌークビルやバベットなどのカジノ集積都市では、空き家になったカジノホテル、建設途中で放置されたビルが建ち並んでいる。
他方、フィリピンは中国の要請を拒否した。フィリピンにおいて、政府がライセンスを発行しているオンラインカジノはもはや主要産業と呼べるほどに成長し、年間推定80億米ドルのゲーム収益を生み出し、推定20万人の雇用を生み出し、税収面でも大きな貢献をしている。
つまり、ブラックリストに載っている可能性が高いのは、これらベトナム、韓国、フィリピン、オーストラリアだ。中国からの観光客はこれら国々の観光産業の回復に重要な役割を果たすため、このブラックリスト入りは重大な経済的影響を与えることになる。
日本がブラックリストに載らない理由
日本には今現在カジノ産業はなく、この先おそらく6年~8年間はカジノ産業は誕生しない。カジノ産業がない国に対して、中国政府が報復措置をとる理由はなく、日本はブラックリスト・システムを恐れる理由はない。日本にIRが開業しても、それらリスト入りしている国々が採用している営業戦略を採用しないため、リスト入りはしないだろうと私は考える。
第一に、日本のIR法は、ジャンケットプロモーターの使用を禁止している。前述の通り、ジャンケットプロモーターは裕福な中国人ギャンブラーを特定し、ギャンブルを遊ぶためのクレジットまたは国境を越えて資金を移動する機能を提供し、航空輸送と宿泊施設を手配する。そしてゲストのカジノでのギャンブル活動(賭け額など)に基づいてカジノからコミッションを受け取る。日本のIRでは、アジアのカジノ業界で長い間重要な役割を果たしてきたジャンケットプロモーターは、日本で活躍できないのだ。
第二に、日本は中国政府のもう1つの懸念事項であるオンラインギャンブルを禁止しており、IR合法化のプロセスでもオンラインギャンブルの解禁は視野に入っていない。
日本IRのカジノゲストは多様な国からの訪問者で構成されることになる。IRが成功するためには、特定の国からのゲスト、つまり中国人ゲストに依存できないということだ。むしろ、地元の日帰り客、国内宿泊客、そして韓国、台湾、ロシア東部、その他のアジア諸国を中心とした、自国民のカジノ行為を禁止している国からの訪問者といった多様な顧客にサービスを提供することになるだろう。
日本がIR事業者の選定プロセスやカジノ規制の詳細の策定、IR産業の発展を進める上で、規制当局、政治家、自治体、市民といった関係する人々が取り組まなければならないことはたくさんある。中国が8年後に日本への渡航を規制するかもしれないなどと、いま心配する必要はない。
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アンドリュー・クレバノウ
プロフィール:1997年からカジノ産業で働き、2000年からゲーミング産業向けのコンサルタント。アメリカを中心に15カ国で働き1,000以上のカジノ施設を訪問している。
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